About kru khmer

クル・クメールボタニカルは2009年夏、カンボジア・世界遺産アンコールワットから5キロほどの片田舎で始まりました。

 

 

カンボジアの良いものを、多くの人に知ってもらいたい

 

この国の人々と文化を世界に誇れるものづくりをしたい

 

機会に恵まれない若者に仕事の機会を通じて人生かえるキッカケをつくりたい

 

多くの貧しい農家と協力して、新しい産業をつくりたい

 

 

そんな想いと共に始まったクル・クメールプロジェクト。

 

代表の若い日本人女性と、若いクメール人スタッフ5名。

今日も一緒に、力を合わせてがんばっています。

 

 

私たちの工房は、アンコールワットから車で5分!

シェムリアップの市内からも10分です。 

是非一度、遊びに来て下さいね。

 

工房へコチラ

 

 

Our Story

わたしたちの物語

1)はじまりと出会い

 カンボジアを初めて訪れたのは2004年の秋でした。

 道路は舗装されてなく、数少ないバイクが通るたびに土ぼこりが舞う静かな観光の街シェムリアップで、貧しさとは裏腹にキラキラした笑顔で幸せそうに暮らすカンボジアの人々にショックを受け、幸せとは何かを考えさせられました。

 

 何度かカンボジアを訪れ、日に日に増える自動車や建物から経済成長を感じる反面、56歳くらいの小さな子供が朝から晩までゴミをあさり、日焼けで真っ黒になった肌を砂埃で真っ白にしながらも一生懸命に生きる姿を見て、カンボジアの貧しい人たちのために自分は何ができるのか、と考えるようになりました。

 

 途上国支援をする学生団体で活動し、一方で社長のカバン持ちをしながら、ビジネスとは起業とは、を学ぶ学生時代を過ごす中で『一方的な支援ではなく、お互いが対等な立場で協力し合い、持続的にゆっくり成長する、地域に根ざした“収入=仕事”を創りたい』と思うようになりました。

 

 そして200611月、一度決めた就職先の内定をお断りし、卒業と同時に“修行”のためにフェアトレードの先進国イギリスへ行くことに決めたのです。

 

2)カンボジアでの生活が始まった

カンボジアへ再び戻ってきたのは、20082月。

パックに詰め込んだ荷物と、想いだけを持ってカンボジアで生活する外国人に話しをすることから始まりました。


ぐちゃぐちゃな企画書と、未熟なオーラを振りまきながら。それでもカンボジアで出会った先輩方は、私を温かく迎えてくれ、そこで偶然仕事の機会を頂くことになり、カンボジアでの生活が始まったのです。

 

 カンボジアでの生活が始まって数ヶ月後のある日、出産したばかりの友人が「チュポン」と呼ばれる、カンボジアの薬草を使用したスチームサウナをしているところを目撃。実際に自分もやってみると、思った以上に汗が出てスッキリし、ハーブの香りになんと癒されたことか。しかも翌日、普段はなかなか起きられないのにとても目覚めのよい朝を迎えることができたのです。

 

 すっかり薬草効果に魅了された私は、調査を開始、よくよく調べてみると、カンボジアにはアンコール王朝をはじめとするクメール帝国時代より伝わる、クメール伝統医療というものが人々の生活に息づいていることがわかってきました。

 

 偶然にも近くに住んでいた、シェムリアップで有名な伝統医寮の療法士<クルクメール>を訪問、50年のキャリアをもつ彼に伝統医療を学び・・

 

 それから月日が流れ、2009、クルクメールブランドの第一弾、

クメールハーブを使った入浴剤が完成しました。

 

3)登記、リクルート、国内で販売開始

登記のため、そして更に調査を進めるための首都プノンペンでの生活は、楽しいことだけではありませんでした。世界中どこでも大都市ほど治安が悪いと言いますが、カンボジアも例外ではありません。

貧富の差が激しく、何千万円もする高級車が走っている横で、裸足でゴミ拾いをするストリートチルドレン。そんな彼らを虫けらのように扱う人たち。そんな光景を見るたびに、「当事者であるカンボジア人がこの問題を何も考えてないのに、私に一体何ができるのだろうか。」と自信を失う毎日。

 

 治安の悪い街独特のオーラを出すプノンペンでは、夜8時には大通り以外人通りが少なく、バイクでの帰り道に不審者に追いかけられることも。夜中、偶然目が覚めてキッチンで水を飲んでいると、自分が起きているにも関わらずベランダから泥棒に進入され、ちょうどベランダのすぐ近くで寝ていた友人の子は目が覚めると知らない男が横にたっていた、なんていう怖い事件も起きました。

 

 次にスタッフ探し。村までリクルートに行くと、人身売買の仲介人だと言われ信用してもらえず、やむを得ず親子で工房参観してもらい、最終的に4名の若いカンボジア人に働いてもらうことになりました。

 

最終的に5名になった、クルクメールメンバー。タイ産、ベトナム産が「カンボジアのお土産」として売られている現状をなんとかするべく新しい、カンボジア産のおしゃれで洗練されたギフトになることを目標に、200910月、ついに発売を開始

 

クルクメールプロジェクトの挑戦が始まったのです。

 

kru khmer's people

クル・クメールな人たち

カンボジア保健省事務次官H.E. Ouk Monna女史と
カンボジア保健省事務次官H.E. Ouk Monna女史と

クル・クメール代表

篠田ちひろ(28)


カンボジアにフォーリン・ラブ!、・・というわけではないが、カンボジアの人たちの根っからの明るさと笑顔を見ると経済的には貧しいけれど彼らの方が自分よりもよっぽど幸せそうに見えたので、その?をもっと知るためにこの地で仕事をすることを決める。自然と伝統を生かし、地域に根ざしたサステイナブルなビジネスを興そうとカンボジア現地にて奮闘中。ビール好き。

 

マナ(26)

工房マネージャー

 

シェムリアップで代表篠田と出会い、彼女が前の仕事を辞めたのをきっかけに、20093月よりクル・クメールに参画することに。カンボジア人には珍しいシングルマザー。無職の父と、難病を持つ母と高校生の妹と持つ苦労人。夢は『クルクメールを成功させた後、自分でレストランをもつこと』

 

2012年1月 結婚予定

 

クル・クメガールズ

ヒウ(20)、ラン(25)、コミアン(21)、ナリー(31)


知人の紹介、またカンボジアで活躍するNPO法人かものはしプロジェクトの協力の下、シェムリアップから40キロ、70キロ離れた農村からやってきた女の子3名。

青いバナナを皮ごとかじったり、蛙を素手でつかんで熱湯に入れたり(茹でで食べる)、3時間先の天気を風を読んで見事中てたりと、農村の生活を垣間見せて篠田をびっくりさせる。

 

ヒウは2012年2月 結婚予定!

プー・ココナッツ(ココナッツおじさん)


ココナッツの殻を加工して、石けん置きなど色々作ってくれるおじさん。

作りたいがココナッツの表面を磨く機械を買うお金がないというので、今後の商品の前払い金として投資資金を渡し、機械を購入してもらうことから取引が始まった。

クル・クメールからの借入金は既に返し終わっていて、今も日々作ってもらっている。

 

ミン・トゥ(お線香の作り手)


お香を作って早50年、お香の利益で家まで建てた肝っ玉母ちゃん。

「あと2袋買ってくれたら負けてあげるよ!」となかなか交渉上手。

一家を纏める肝っ玉母ちゃんは凄い・・ と毎回恐縮させられる人物。

 

クル・クメール

(シェムリアップの近所に住む伝統医療のお医者さん)

 

この道60年。クメール・ルージュ時代パゴダ(お寺)で伝統医療を僧侶から体得。伝統的な服を着、人を圧倒させるオーラを持っておきながら「お前のバイク可愛いな、いくらだったら売るか?」と出会って早々バイクの取引の話を始めたビックリおじさん。

治療中は非常に様になっていて皆から慕われる人気のクル・クメールだが、実は現地のフリーペーパーに載った自分をいつまでも自慢するミーハー。

 

ミン・タナム(ハーブ農家)


タイとの国境近くの農村で暮らす農家のお母ちゃん。水問題、価格の変動など農業の難しさを教えてくれる先生。

 

 

ボン・コンニアン(養蚕家のねえちゃん)

 

昔から伝統的に蚕の生産とシルクをつくっている、手織りの村、プノム・スロックの養蚕家のお姉さん。通常蚕はクリーム色をしているが、カンボジアの蚕は黄金色。これを手で紡いで糸にするまでが彼女の仕事。